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2010.03.10 |
東京駅で面白いものを見つけてきた。
ギャル曽根が、47都道府県の「ご当地カレー」を全部食べつくしたランキングで、堂々の第一位を獲得したのが、鳥取県のこのカレーなのだ。
ギャル曽根に果たして味の良し悪しが分かるのかという疑問と不安を抱えつつ食べたけど、まあヒリヒリとする辛さもあってそれなりに美味しく食べたのだ。
しかし、このレトルトカレーがなんと630円とは恐れ入る。最近のラーメン屋のバカ高さと、こんなカレーの値段をみると60年代生まれのおとっつぁんにしてみれば、ひっくり返るばかりの世の中だ。
カレーと言えば、ワシには忘れようにも忘れられない、恐ろしくも脂汗の出るような体験がある。いまだにビールを飲むとこの話だけで13分20秒ぐらいは話しが出来るのだが、今日は端折ってお話をしよう。
ワシは30代のあるとき、3年間ほどカレーを食べることが出来なくなった。
すべての原因は、インドだ。
仕事の関係でインドに行ったワシは、「カレーだ、カレーだ嬉しいですのぉ。どんどん食べるけんね、どんどんインド人と対決するけんのぉぉ。」と菅原文太の仁義無き戦い、印度的カレー全面対決頂上決戦!を宣戦布告してインドの地に降り立ったのである。
しかし、である。
インドのカレーは想像を絶するほどの襲撃態勢でキバを向いてワシらに襲い掛かったのだ。タイガー・ジェット・シンより手ごわい。
とにかく、来る日も来る日も、三度の食事がカレー並びにカレー味なのだ。まるで法律で厳しく決められたかのような「カレー三昧・全面対決編」なのである。
そうでなくても、暑い。炎天下のもとで「ハレハレハ〜」と口を開けて舌を出しながら生きているのに、カレーである。たまには生野菜のサラダとか食べたい。しかし、現地のお水で洗うサラダはお腹にくるので、それも食べられない。
向こうの水分の多いカレーは、相当にスパイスがきつい。ワシは三日目についに全面降伏、素直にインド人の軍門に下ったのだ。もうその日からワシは食事時間が恐ろしく、逃げるようにしてインド脱出を願っておったのだ。
ついに追い詰められたワシは、ムンバイのタージマハル・ホテル(写真)で夜にルームサービスを頼むことにした。いいことを思いついたものだ。
そうだ、ルームサービスで食べたいものを思いっきり食べよう!ワシはメニューの中から「ハンバーガーとビール」というとてもアメリカンな思考で、今までのカレー汚染人生にきっぱりと別れを告げる決意をしたのだ。
やって、きた。待ちに待ったハンバーガーだ。これをじっくり味わってまた、明日からのインド滞在に鋭気と活力を養うのだ。そして、かぶりついた。
羊の肉のハンバーガーは、きっちりと「カレー味」に味付けがしてあったのであった。トホホ。
それから3年間。日本でもカレーを見るだけであの時の「忌まわしさ」が思い出され、においと味が脳裏に強烈に甦り、ワシはボンカレーでさえ食べられないという失意の時代を送ることになるのである。人が呼ぶ「印度食事降伏の暗黒の3年」である。(誰も呼んでない)

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2010.03.09 |
スリランカのラトナプラは世界でも有数の宝石の採石地なのだ。
彼らは目の色を変えてワシらにかかってくるのだ。
ラトナプラという町は、そんな人たちが日本人バイヤー(つまりワシのこと)に文字通り蟻のように群がってくる。
ワシがいっておった2月下旬から3月にかけては、日中の気温が38度とかになって、ワシは「アジアジ」と言いながらオフィスに向かう。
すると、「おお〜、なんだかヘンな日本人がきたぞぉぉぉ。買っでぐれ〜」といいながら宝石を持つ男たちがワシをめがけて集まってくるのだ。
ここで一度立ち止まり、誰か一人の「買っでぐれ〜」男の宝石を見たら最後、「おおおお〜、ワシもワシも頼む〜」と宝石を手にしてみんなが集まり、「おいらのも見てくれ〜」と持ってくる。そして、手が四方八方から薬師寺のごとく伸びてくるのだ。
この怪しい男達の宝石は、程度の低いものもあれば、「あれっ、」と思う掘り出し物も中にはある。
どの値段で売るか買うかは、お互いの我慢比べなのだ。
そして、ワシはそんなに無理をして買うことはないのだが、相手はケッコウ無理して買ってもらいたいことも多い。そこは駆け引きというもの。
どの程度の色加減なのか、内包物のキズがどの程度なのか瞬時に判断しなくてはならんのだ。
こんなところまでわざわざ来ている日本人はほとんどいない。
確かにめちゃくちゃ安く買える掘り出し物が多いのだが、ここまでくるのはタイヘン。
日本では考えられない値段で買い付けができる。
驚くばかりの値段なのだ。
「むむ、これはこれは」
と思ったものもその場ですぐには決めない。
提携先の会社のオーナーに預かってもらい、再度どうかを見直すことにするのだ。
できれば陽射しと目の疲れがない午前中の窓際の明るさの元で、再度見直しをする。
そして晴れてワシの子どもとなるのだ。
太陽の光に宝石を透かして見た時、地球の奥深くから何億年もかけて出てきた宝石がニヤッと笑っておるのだ。
なんとも愛(う)いヤツよのぉぉぉ。 
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2010.03.08 |
立川志の輔の独演会に行ってきた。
大都市ではいくつもの大物落語家の独演会を楽しめるチャンスがあるのが羨ましいけど、地方はこんな東西随一の人気落語家のチケットが取れるのもいいもんだ。
「ためしてガッテン」で共演しているNHKの小野アナの出身地で行われた独演会(福山の隣の市)で、最初のマクラはその小野アナとの話だった。
小野アナ「本当に何にもないところですから。」とあんまり何度も何度も言うので覚悟してきましたけど、本当に何にもないところですねぇ、と地元ネタで観衆を沸かせてたところがうまいね。
以前にも紹介したけども、この志の輔の実力は今や不動のものとなっている。
一本目の創作落語はそれなりにはしゃいで笑いを取ってたけど、まぁ「場を温める」にはそれなりに楽しい。
地方で聴いていると、観衆の拍手が思わぬところで起きている。これには話に集中できなくてちょっとワシは困った。どうしてなんだろう。
「ためしてガッテン」で来ている客は落語に慣れていないのが、ひとつ。
もうひとつは、志の輔の「間」が独特の間を意識して作られていることに気づいた。
それはものすごく歌舞伎の「見得を切る」ことを落語に取り入れていると分った。それで観衆は、その間についつい拍手をしてしまうのよな。
でもね、お客さん。どこでも拍手をしていいっちゅうもんじゃないのよ(泣) あるじゃない。クラシックでも拍手していいタイミングとそうでない時がよぉっ!
この日の締めの一席は、人情噺「新・八五郎出世」。
かつての古典を志の輔風にアレンジを加えたものだが、これが笑わせて泣かせるのよ。
うまい。
どんどん話に引き込まれて完全に客の心が志の輔とひとつの世界になっている。
さんざん呑み助の八五郎の間の抜けた人間性を出したかと思うと、最後にその馬鹿素直さが観衆の心をしぼり、泣かせてしまうのだ。
「日本人には、日本人らしい人情というものがあるのです。それを表すのが落語なんです。」
「うぬぼれがあり、人の弱いところもある。それを笑いに変える。決してさげすんでいるのじゃなくて、微笑ましく笑っている。
人から見れば取るに足らないことも、本人はクヨクヨしたりしているけど、それも他人から見たら可笑しいことだったりするんですよね。
日本人らしい愛情ある人情というものが落語のベースなんです。」
と志の輔は言っていた。
さんざん笑わせてもらった上に、最後は泣いてしまうくらいにぐっとこさせた志の輔。
その泣かす直前に、オチをつけて拍手喝采となる絶妙の構成になっててね。
緞帳が再び上がり、珍しく「三本締めで散会しましょう」と志の輔の提案で喜ぶ観衆。
「ここにお集まりの方の益々のご健勝と、ここにいらっしゃらない方のそこそこのご健勝を祈願しまして・・・・」とやってまたまた場内は大爆笑。
本当にいい話を聴かせてもらった。
日本人として生まれてきて良かったと心から思える時間だったのだ。
志の輔の「新・八五郎出世」をぜひCDでお聞きいただきたい。
こちらへどうぞ。
朋史くん、ありがとう。

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2010.03.07 |
これはワシがスリランカのシギリアという世界遺産に行ったときの写真だ。
朝6時半にホテルを抜け出して(鳥の声に起こされて!)、同行の「たーちゃん」と一緒に朝の「奇跡の山」を仰ぎ見ることにしたのだ。
朝陽を浴びながら1500年前の岩上の王宮を偲ぶワシなのだ。
1500年前、父である王を殺した男は、自らを王として,追放した弟からの侵攻から逃げるためにこの奇跡の岩の上に王宮をつくり、11年後に弟に攻められ自害して果てる。
その物語や岩上の壁画を見るために人々はこの頂に上がるのだが、ワシはまた違う感動を覚えたのだ。
この山の存在そのものがただものではない。
狂気に走ったといわれるこの王子は、単に攻めから逃れてこの岩上に上ったのではないと思う。
人間が可能な限りの高みに登り、「神を感じたかった」のだ思うのだ。
などとワシは言いながら、この一連の写真を撮るのは映像のプロであるたーちゃんである。
たーちゃんは、すごい。
ワシが朝早くから宇宙と交信(!?)するのを面白がって同行してくれた。
そして、三輪タクシーに飛び込んで、怪しいお兄ちゃんに誰も知らない「秘境」に連れて行ってもらうことになる。(一番下の写真)
ワシらはこの世のものとは思えぬ光景を目の当たりにして、脳は真空状態になり、後で感動をゆっくりと引き戻しながら味わう目にあうのだ。
そういえば、あの時の1000ルピーをお借りしたままだったのを、いま思い出した。すまぬ、すまぬ。
彼はさすがのプロだ。
視点と粘りと感性としつこさが、すごい。
なによりも発想が柔らかい。
発想が柔らかいというのは、プロとしては何よりも必要なことなのだ。
こんな絵を誰が撮ろうとするものか。
みんなで一生懸命に何かを探してる。
漢字のTシャツを着ているワシも必死みたいだ。
どうぞ、たーちゃんのブログ「たーちゃん目線」もご覧あれ。
http://glh.weblogs.jp/tahara/
写真提供:M.Tahara 
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2010.03.06 |
「インビクタス 負けざる者たち」を少し前に観にいった。
クリント・イーストウッド監督作品で、あまり深刻にならずに、いやむしろ珍しく前向きな作品に仕上がっているという評判だった。
主人公はあのネルソン・マンデラ元大統領と南アフリカのラグビーチーム。
しかし、あのマンデラというのは小説のような考えられない人生を送ってきた人だ。30年近くを刑務所で過ごしてあきらめることなく大統領にまでなってしまう。
実際に収容された牢獄を写していたが、考えられん。
本当にすごい精神力としか言いようがない。
「過去は過去。未来のみを目指していこう。
許しが第一歩、許しこそが魂を自由にするんだ。」
−ネルソン・マンデラ −
ワシらは小さな不快感や、他者責任で心に長く傷跡のように残してしまうことさえ他人をなかなか許すことは難しいことがある。それなのにそれなのに。
なんとマンデラの心の広さは、人間という生き物を超えた存在なのであろうか。
ストーリーは、素直で単純な筋書きである。
しかし、歳を積み重ねたおとっつぁんにはもう涙もろくて仕方ない自分を思い知らせる。
94年に大統領に就任したマンデラ。
95年にはラグビーのワールドカップが南アフリカで開催され、ダントツ優秀候補のニュージーランド「オールブラックス」に挑み、全国民が注目するのである。
それまではアルパトヘイトの影響でワールドカップ出場が叶わなかった南アフリカは、初出場を果たす。
マンデラ大統領は、このWC大会で白人と黒人の心をひとつにすることを目指す。
いままでは、いつも敵国を応援していた黒人が自国を応援していつしか熱狂していく。
そして、逆転の末、決勝戦で強敵NZを倒す。あまりにも劇的な幕切れ。
カンドーしてしまうのだ。
「完璧な状況で戦えることなどありません。
それは人生もスポーツも一緒ですね。」
− マンデラ −
最後の逆転劇に、勝利の瞬間。
ワシはもう南アフリカ国民になっておった。あいかわらずのアホさ加減である。
ワシの心は熱く熱くなるのであった。
観客は3人だったけども(泣)。
私が、我が運命の支配者なのだ。
−マンデラ− 
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2010.03.05 |
スリランカへ行って来た、と言う話をこれからしばらくは面倒くさいぐらいに書いていくと思う。
ワシにとっては、仕事においても、そして、人生を考える上でも、とてもインパクトの強い出張になったことは間違いない。
大都会のコロンボは例外とすれば、それ以外のほとんどの都市は、とてつもなく「昔のまま」なのである。
まだ裸足の人や子どももたくさん見かけるし、電気さえまともに通っていない家も多いのだ。
そしてワシがビックリしたのは、日本語の名前を書いたままの車が走っていることだ。なんと素晴らしいワンダフル中古車なのか。
まず一発目にお目に掛かったのは、「有限会社 寺田梅香軒」。
その車が、スリランカの山道を一生懸命に走っておるではないか。
どうした、寺田梅香軒。
次にとんでもない田舎道で出逢ったのは、信州は長野県の駒ヶ根の温泉旅館みたいな名前のバス。
ワシが「ウワハハハ」と笑いに絶えない顔をして、近づいて写真を撮ろうとしたら、そこにいたスリランカ人が、「なんだ、なんだ、この男は」と近寄ってきた。
「この日本語はなんて書いているのであるのか」
「ようわからんが、日本の旅館の名前だ」
と言った日本とスリランカのちょいアホ親善大使の幕開けとなったのだ。
なにやら恥ずかしいような誇らしいような、非常に難しい精神状態になるのであった。
そうして、「いやはや、参りましたな、ウワハハッハ」と言いながらある場所に行くと、今度はガソリンスタンドにまたまた、バカ日本車が止まっておるではないか。
今度は、「群馬県高崎市下大類町」と書いてある。なんと大胆なバス。
なんとも赤がきれいなバスにスリランカの人たちが晴れがましく乗っておるではないか。
ワシがカメラをバシャバシャと撮っているので、向こうが目を白黒させておる。
帰ってから下大類町をネットで調べてみると、こんなデータが出てきた。
| 高崎市下大類町の基本情報 |
| 総人口 | 1,101人 | 世帯数 | 377世帯 | | 15歳未満人口 | 158人 | 65歳以上人口 | 271人 | | 男人口 | 544人 | 女人口 | 557人 |
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しかし、寺田梅香軒はヒットせず。
気になって気になって仕方がないのだ。
どちらかあなたのお近くに寺田梅香軒さんは、おられないだろうか。
と気になる三村時計店だったのだ。

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2010.03.04 |
やっとスリランカから戻ってきた。なかなか過酷な日々であったのだ。
また、詳しくはレポートすることがいっぱいあるのでその時に譲ることにしよう。
スリランカもそうだけど、独特の時間の流れと、人間の呼吸には関連があるように思う。
人間というのは食べ物と同じくらいに、「呼吸」というのが絶対に大事だと思うのよ。
これは精神的にも、肉体的にも、いや寿命に関わる絶対の真理だと思う。
でも、その割にはケッコウみんな「呼吸」については無頓着である。
ということで、ヨーガの世界では最高位を極めた日本人の成瀬雅春氏の本を今回は「これだ!」とamazonで注文して読んだのだ。
これが、前半は考え方などでワシワシとアツく読み進めたのだが、後半は本当のマニアックな秘伝・「呼吸法の正しい教え」なのだ。
さすが、高樹沙耶がこの本に出逢ってフリーダイビングの世界大会でメダルを獲ったというだけあるわ。
というわけで、この本の内容を紹介してもチンプンカンプンだと思うので、「手当ての効果」の章をすこし紹介しよう。
氣を流したり手を当てたりして病気や怪我を治すのは、紀元前から行われていたことなので、効果があるのは確かなことである。気功もそのうちの一つなので、当然治療効果はある。私もごくたまにそういう手当てをすることがある。
これは誰にでもある能力なのだ。
子供が「お腹が痛い」と訴えたら、母親はとっさにその子のお腹に手を当ててしまう。同じことをやっただけなのである。
私は「治療してあげる」とか「治りますように」と考えたのではなく、純粋に手を当てて「ピュアーな状態を保った」だけなのである。
「治療してあげる」とか「治りますように」などという思いは、本来の治療効果を妨げる余計な波動でしかない。
たしかに、「治りますように」という思いは伝わるのだが、最も強い治療効果のあるのは、そういう想念よりも「純粋なエネルギー」なのである。
このような「思考を停止させるテクニック」も、ヨーガ経典の記述を超える呼吸法の極意といえるものである。
呼吸法の基本は、短く吸って、息をしばし止め、ゆっくりと吐くことなのだ。興味のある人は、読んでみるがよろしい。
ゆっくり吐く呼吸法で元気になって飲みすぎると、翌朝こんどはまた「ゆっくり吐く」ことになる。

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